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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.172 幕府領となった飫肥藩清武郷南方村
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
 寛永13年(1636)4月、飫肥藩2代藩主伊東祐慶が江戸桜田屋敷で没、祐慶には2人の息子があった。兄は祐久といいその時28歳、弟は祐豊といい25歳だった。通常であれば祐久が領地5万7千石を引き継ぎ飫肥藩3代目領主になるところだが、祐慶は自分の卒去後は、弟の祐豊に2万3千石を配分する遺書を残していた。江戸詰めの老臣たちはこれは偽書であろうなど言う者もある中、直判があるためそのまま捨て置くこともできず、さらに祐久側から遺書の披露もあって、小藩である飫肥藩を兄弟2人に分地すれば軍役も務め難しなどの意見が大勢を占めた。結局、祐豊に清武川下流左岸に位置する南方村(宮崎市本郷南方)の2千石と松永村(日南市松永)の1千石、都合3千石を分地することで決着した。
 祐豊は幕府に出仕していたが、元禄2年(1689)祐豊の孫祐賢が幕府旗本となったことで南方と松永は幕府領となった。(『日向纂記』)
 絵図(1)は「元禄十五年日向国那珂郡絵図」、図右の川は赤江川(大淀川)、図左の川は清武川、寛文2年(1662)外所地震で水田が陥没し海水が流入、入り江になった状況を描いている。清武川左岸に南方村が位置し「御料」と朱書きしてある。
 絵図(2)は「元禄二年南方村絵図」図中央北から南に松並木を伴った鵜戸神宮往還、東部は地震で陥没してできた入海が描いてある。
 南方村の状況は明治初期の『日向地誌』に記してある。人口男441人、女443人、計884人。戸数212戸。生業は男女皆農業、田地134町1反、畑地33町。売米1640石。宅地35町1反。農閑期に鍛冶など工を業とする者10戸、商を業とする者10戸、漁を業とする者40戸、牛馬売買5戸、医師1戸であった。南方村内には田元、立和、塩浜、榎田、辻、辻原、原など24の小集落があり、戸長役場が村のほぼ中央に位置する原にあった。
 絵図(1)赤江川(大淀川)下流右岸に「福嶋村 御料」とある。福嶋は対岸江田村の枝村(飛地)で、江田村が元禄5年(1692)に幕府領となったことから福嶋も幕府領になった。
 江戸時代幕府領だった南方は明治22年(1889)恒久、田吉、本郷北方、本郷南方、郡司分が赤江村となり、大正15年(1923)赤江町、昭和18年(1943)宮崎市となる。現在は宮崎市大字本郷南方。
平部嶠南『日向纂記』歴史図書社
平部嶠南編『日向地誌』青潮社
2024-06-25 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと) 
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、
平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。
現在、宮崎民俗学会会長
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会顧問、(県)伝統工芸品専門委員、
高鍋神楽記録作成調査委員会参与、日南市文化財審議会委員

著書
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』(鉱脈社)、
『比木神楽』(鉱脈社)、
『神楽のこころを舞いつぐ』(鉱脈社)、
他に『鵜戸まいりの道』
『飫肥街道』(鉱脈社)

共著
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史(民俗)』
『北浦町史(民俗)』
『日向市史(民俗)』
『清武町史(民俗)』
『みやざきの神楽ガイド』
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