宮崎みんなのポータルサイト miten !でグルメ・イベント等の生活情報をチェック!
チラシ特集2017 4月
ユーザー名:
パスワード:
トップ | 無料会員FAQ | サイトマップ | リンク集 |
すべて 食べる
遊ぶ 買う
キレイ 暮らす
健康 医療・福祉
でかけてmiten
買ってミテン
働いてミテン
ミテンの本棚  >  宮崎、歴史こぼれ話

宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.171 近世日向の修験 飫肥藩3
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
隆岳と万寿
 明和元年(1764) 隆岳は宮崎古城村修験の延寿院を招き、鵜戸山八丁坂南の岩肌に不動明王と磨崖仏閻魔大王を彫らせた。願主は両仏とも別当隆岳。これは信者の関心を鵜戸山に向ける方策と思われる。
「生き仏様」の近く油津中学校裏に稲荷神社があり、その境内岩壁に隆岳が安永4年(1775)に記した銘文がある。世を果無んだ内容で辞世の句と地元研究者から言われているが、入定する9年前だから辞世とは考えにくい。
 愛宕山の祐光寺東に松栄山行屋寺址があり、そこに油津中学校裏の稲荷神社境内岩壁に文を彫り込んだ同じ年、安永4年に隆岳が建てた碑がある。「鵜戸山先住持芯葛隆岳」と自分のことを書き、碑文も虚しさを感じさせる内容である。
 安永4年は隆岳が祐光寺大本院に修験道の奥義・秘法を伝授した年で、大本院祐清は隆岳に感謝し祐光寺由来の石碑として建立している。隆岳は体得した修験道の奥義全てを祐清に与えたのであろう。
 稲荷神社の銘文、行屋寺址の碑文、大本院祐清への修験奥義伝授、これらは安永4年に集中する。この頃隆岳は鵜戸山別当を辞めざるを得ない事情が生じたのだろう。(※1)
 鵜戸山別当四十六世隆珍は26年住職を勤めその後任に隆岳がなっている。しかし隆岳が梅ヶ浜遷居したことにより、隆珍は高齢であったにも関わらず1年間鵜戸山別当に再任されている。隆岳の辞任又は解任は唐突だったのか後任が決まらず隆珍が代役に選ばれたのだろう。1年間の猶予ができた隆珍は榎原山慈尊院の隆賢を四十八世別当に選んだ。隆珍は天明4年(1784)8月26日89歳で無くなるが、隆岳はこの一か月前に入定している。鵜戸山信者が増える努力をした隆岳であったが、鵜戸山仁王護国寺の擾乱(じょうらん)に巻き込まれたと思われる。
 天明4年3月内海と折生迫(宮崎市)の境にあった御池(※2)に、隆岳は榎原内田万寿に関する石碑を建立した。読み下しを紹介する。
 ここにこの所を御池ととなえるのゆえんを尋ぬるに、当飫肥領榎原山寺ご神女のご託宣に因りての故なり、かたじけなくもご神女ご出現の時寛永十八年辛巳九月三日の夜に及んで、空 にわかに曇り雷電震動おびただしく、風雨降吹して地を穿ち、山を崩し、水溢れ、浪高くその音かまびすしく、近村の万人耳をおおい面を伏せて驚怖怪居せり、漸々夜明におよんで内海折生迫両浦の者ども、震動の地をたずね求るに、廻り巌高く重り、中は清水の大池となりて外には海水溜り、内には川海の遊魚浮沈せり、誠に巌石畳々たる平地一夜にかのごとく霊池となること神通不思議、慎み謹んで拝すべし

天明四甲辰年暦三月令日
日州飫肥沙門 不住菴隆岳謹誌 青木耕澤拝書


 隆岳は鵜戸山興隆最後の願いを神女万寿の霊力に託したのか、この碑の建立は隆岳入定の4か月前であった。

脚注
※1干天が続いたことから藩主は老臣を連れて鵜戸山に参詣、隆岳に雨乞い祈祷をさせた。その功あって大雨が降りだした。従者は雨傘の用意を命じたが隆岳は藩主の傘だけを調え、老臣たちには用意しなかったため濡れて帰った。老臣たちはそれを恨み隆岳を追放した、という。山之城民平『近世飫肥史稿』吉田常政『飫肥地方の史跡考』
 飫肥藩は真言宗藩内本寺を願成就寺とし祈祷は同寺にさせた。願成就寺には祐遍など霊力のある住職が出ている。藩主が鵜戸まで出かけて祈祷をさせることはないし、城下から鵜戸山は3里8町(約13)を距て途中険しい鳥居峠があり、雨天の中歩くことは考えられない。
※2日南海岸堀切峠の道の駅フェニックスがある辺り。この碑は現在小内海の野島神社境内に移設されている。

参考資料
前田博仁著『近世日向の修験道』鉱脈社
2024-05-29 更新
2024 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05
2023 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2022 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10
2021 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2020 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2019 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 11 | 12
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2017 | 01 | 02 | 03 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2016 | 01 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 12
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと) 
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、
平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。
現在、宮崎民俗学会会長
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会顧問、(県)伝統工芸品専門委員、
高鍋神楽記録作成調査委員会参与、日南市文化財審議会委員

著書
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』(鉱脈社)、
『比木神楽』(鉱脈社)、
『神楽のこころを舞いつぐ』(鉱脈社)、
他に『鵜戸まいりの道』
『飫肥街道』(鉱脈社)

共著
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史(民俗)』
『北浦町史(民俗)』
『日向市史(民俗)』
『清武町史(民俗)』
『みやざきの神楽ガイド』
(1) 2 3 4 5 6 7 8 9 10 » 
PopnupBlog 3.0 Denali-1225 created by Bluemoon inc.  
e87.com(株式会社千趣会イイハナ)
富士通パソコンFMVの直販サイト富士通 WEB MART