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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.170 近世日向の修験 飫肥藩2
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
生き仏様 隆岳
 隆岳は鵜戸山第47代別当で俗姓成合といい北郷内ノ田出身。鵜戸住山11年、後に梅ヶ浜に隠遁し天明4年(1784)7月21日遷化、68歳であった。学識に長け「鵜戸山玄深記」「神道旧事鏡」などの著がある。(※1)
 修験者の修行は捨身行だけでなく入定もあった。日南市油津梅が浜に地元民から現在も咳の神として大事に祀られ、「生き仏様」と呼ばれる祠がある。この「生き仏様」は鵜戸山仁王護国寺の別当隆岳がこの地で入定したと伝え、そのとき空気穴として節を抜いた竹を地上に出していたということから、咳の神と信じられるようになったもので、百日咳などに罹ったときコサン竹など小さい竹を節一つ残して切り、節のない方に綿を詰めて供え快復を願うという。
 生き仏様の祠には2基の石碑が祀られ、1基は「権大僧都法印隆岳 不生位 天明四年七月二十一日入 世寿六十八歳」、もう1基は「両峯行者権大僧都法印千乗院 (年不明)二月二日」とある。隆岳は法力偉大な先師千乗院の霊地で、病める子どもを救う大誓願のもとに入定を実行したと地元では伝えている。
 鵜戸山仁王護国寺は延暦5年(786)僧光喜坊快久の創建と伝え、快久から9代は天台宗その後真言宗にかわった。鵜戸山は奥の窟に天照大神などを祀る鵜戸権現があり両部神道、八丁坂両側には不動院、実寿院、大光坊、持実院、常福院、延命院、隆真院、新南院、上ノ坊、明王院、弥勒院、尊勝院(吹毛井)の十二支院があった。
 仁王護国寺と鵜戸権現を別当が治め、快久を初代とし慶応年間まで九十五、六代続いた。天正15年(1587)飫肥は伊東氏領になり寺領431石の地を給された。(※2)
 伊東氏が飫肥に入封すると藩主と関わりの深い寺院を都於郡(西都市)から移転・創建させて城下町を形成した。その寺院は曹洞宗長持寺、臨済宗報恩寺、真言宗願成就寺の三寺院で、島津氏時代から続いた寺院はこの三寺の末寺に位置付けられた。
 中世から人々の信仰が篤かった鵜戸山仁王護国寺は願成就寺と同じ真言宗智山派智積院の末寺、願成就寺は寺禄121石で鵜戸山の431石より少なかったが、藩は願成就寺を優遇し仁王護国寺をその下に位置付けた。この事は鵜戸山別当たちにとって屈辱的な扱いと受け取った。
 寛永17年(1640)9月8日、鵜戸参詣の帰路鳥居峠で榎原の内田萬寿(寿法院)がにわかに神懸かりとなり、それより種々の妖言を発し自らも神通を得たりと言い、神女と称して神託や奇行を行った。榎原を鵜戸山再誕の地として榎原権現を創建した。榎原地福寺の住職精能や鵜戸山別当実祐らはこの動きを煽った。
 藩は幕府の宗教政策もあって、家老矢野儀一が民衆を惑わすと寿法院を弾圧し一時下火となるが、寛文10年(1670)寿法院が没すると、寿法院を祀る桜井大権現が造営され、家老矢野儀一も没すると再び信者が増加した。儀一の息矢野儀朝が家老となり再び弾圧するが、寿法院を崇める者たちは矢野一族がキリシタンであるとの落し文をばらまき、儀朝は藩から追放された。(※3)

脚注
※1永友宗清編『鵜戸の宮居』
※2『宮崎縣史蹟調査』宮崎県内務部編
※3『宮崎県史通史編近世上』宮崎県 平部嶠南『日向地誌』
矢野家家紋が切り竹十字紋であったことがその要因か。
参考資料 前田博仁著『近世日向の修験道』鉱脈社
2024-04-23 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと) 
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、
平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。
現在、宮崎民俗学会会長
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会顧問、(県)伝統工芸品専門委員、
高鍋神楽記録作成調査委員会参与、日南市文化財審議会委員

著書
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』(鉱脈社)、
『比木神楽』(鉱脈社)、
『神楽のこころを舞いつぐ』(鉱脈社)、
他に『鵜戸まいりの道』
『飫肥街道』(鉱脈社)

共著
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史(民俗)』
『北浦町史(民俗)』
『日向市史(民俗)』
『清武町史(民俗)』
『みやざきの神楽ガイド』
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