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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.156 曽我兄弟の墓2
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
 曽我兄弟の墓がある加護神社は、応神天皇、伊東祐邑ほか6柱を祀る。伊東祐邑は伊東家初代工藤祐経から下ること9代、都於郡(西都市)領主伊東祐堯(すけたか)の第2子、この頃日向都於郡伊東氏と薩摩島津氏は日向国南部飫肥をめぐって激しく戦っていた。
 文明17年(1485)閏3月4日祐堯の第一子、つまり祐邑の兄伊東祐国は飫肥城(日南市)を平らげんと8千の兵を率い、七浦(日南海岸沿い)から飫肥に攻め入り、8日楠原に陣を構えた。弟祐邑も8千の兵を率いて山路を郷之原、内ノ田と進み、飫肥を見下ろす鳶ヶ嶺に陣を構えた。父親祐堯は都於郡から清武(宮崎市)まで出向いて2人の息子の出陣を見送くるが、4月28日清武で卒、歳77だった。
 祐国・祐邑兄弟が飫肥城と相対し、飫肥城外で小競り合いが生じるなか、祐国は楠原から出馬、先陣をきって戦うが6月21日戦死、38歳。他にこの飫肥攻めで侍63人、雑兵6百余名が戦死した。都於郡城主は祐国の嫡子、若干19歳の尹祐(ただすけ)がなった。日知屋城主(日向市)の祐邑は兄と父親を亡くし、若い甥が領主となった間隙に乗じて薩摩勢が都於郡に攻めてくることを想定して、豊後国大友氏の協力を得ようと行動した。この動きを都於郡の尹祐らは大友氏と結託して主家乗っ取りを画策しているとして、文明18年刺客を放って祐邑を殺害した。歳37。
 それから都於郡では不吉なことが度々起こり人々は祐邑の祟りと恐れ、享禄4年(1531)12月13日都於郡に一乗院を建立して祐邑を八幡大菩薩と崇めるが収まらず、天文5年(1536)国富の荘本郷(宮崎市)に移して神社を創建、郡司分42町を寄付して社領とし、神として朝廷に奏上すると加護八幡の勅号を賜った。
 曽我兄弟墓石に話を戻す。前号で墓石は国富小学校の近くにあったのを加護神社境内に移した。また、曽我兄弟の仇討ちは人々にもて囃され、江戸時代には日本各地に墓石や祠などが立てられ伝説の主人公として伝えらたと述べた。加護神社境内の曽我墓五輪塔は下から2番目球状の「水輪」と3番目屋根状の「火輪」の形状から室町後期の作と考えられる。恐らく加護神社祭神伊東祐邑とその祖工藤祐経の関係を知って建立したのではないかと思われる。
参考資料 『宮崎県史叢書 日向記』宮崎県、平部嶠南『日向地誌』、
『宮崎県大百科事典』宮崎日日新聞社、『角川第二版日本史辞典』角川書店
2023-01-27 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと) 
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、
平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。
現在、宮崎民俗学会会長
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会顧問、(県)伝統工芸品専門委員、
高鍋神楽記録作成調査委員会参与、日南市文化財審議会委員

著書
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』(鉱脈社)、
『比木神楽』(鉱脈社)、
『神楽のこころを舞いつぐ』(鉱脈社)、
他に『鵜戸まいりの道』
『飫肥街道』(鉱脈社)

共著
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史(民俗)』
『北浦町史(民俗)』
『日向市史(民俗)』
『清武町史(民俗)』
『みやざきの神楽ガイド』
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