ミテンの本棚 > 宮崎、歴史こぼれ話 | ||||||
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![]() さて、曽我兄弟とは兄曽我十郎祐(すけ)成(なり)と弟五郎時致(ときかね)のことで、建久4年(1193)5月28日、富士野(静岡県)の巻狩(集団狩猟)で兄弟の父の仇、工藤左衛門尉祐(すけ)経(つね)を討った。十郎はその場で討たれ、五郎は捕えられ宥免の話しも出たが、祐経の子犬房丸にとっては父親の仇ということで処刑され晒し首にされた。 ![]() 中世から近世にかけて日向国の多くを治めた伊東氏の祖で、2代祐時から伊東を名乗った。飫肥初代藩主伊東祐兵(すけたけ)は19代目に当たる。もともと伊東氏と同族であった兄弟の父親河津次郎祐通は、領地のいざこざで工藤祐経から殺された。母親が曽我祐信に再嫁したことから兄弟は曽我姓を名乗った。 ![]() 曽我兄弟による父親の仇討、赤穂浪士の主君の仇討、荒木又右衛門の敵打は天下の三大仇討と称された。 宮崎県内には清武町やえびの市に兄弟の墓、日南市に虎御前の墓と伝えられる五輪塔が存在する。 参考資料 『宮崎県史叢書 日向記』宮崎県、『日本民俗大辞典上・下』吉川弘文館、『宮崎県大百科事典』宮崎日日新聞社、『角川第二版日本市辞典』 |
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2022-10-25 更新 | ||||||
著者プロフィール | ||||||
前田 博仁(まえだ ひろひと) 昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、 平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。 現在、宮崎民俗学会会長 (県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、 高鍋神楽記録作成調査委員(参与)、日南市文化財審議会委員 ![]() 『近世日向の仏師たち』(鉱脈社) 『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社) 『近世日向の修験道』(鉱脈社)、 『比木神楽』(鉱脈社)、 他に『鵜戸まいりの道』 『飫肥街道』(鉱脈社) 【共著】 『宮崎県史 民俗編』 『日之影町史』 『北浦町史』 『日向市史』 『みやざきの神楽ガイド』 |
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