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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.154 薩摩かくれ念仏を支えた日向国寺院4
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
田野西導寺
 天正五年(一五七七)初代赫心は合又にあった臨済宗西導寺を買いとり真宗寺院として発足させた。赫心は都於郡伊東氏家臣で川添二郎左衛門重安といい、佐々木高綱の血を引く武将であったが、伊東氏の没落を目の当たりにし、叔父の戦死もあって世の無常を感じて出家した。


 江戸時代、飫肥に多くの薩摩門徒が逃亡してきて移り住み、その数がで2804人となったという。その数をにわかに信じがたいが、『日向国史』に天保14年(1843)、「是より先、薩藩領内の民、漸次、飫肥、清武に移住し、其の数五百余人に及ぶ。是歳島津氏の委嘱を以て之が調査を行ひ、悉く之を送還す」とあるので、相当な人数が越境してきたのは確かである。薩摩は中世末から一向宗門徒の摘発を行っており、年に数人は処刑されていてたが、特に天保6年(1825)に起きた大法難は未曾有で門徒の多数が摘発されたことが知られており、天保以前から大法難に至って欠落してきた者たちが500余人に達したということである。これら欠落者は薩摩に送還されたが、「弘化元年(一八四四)十月、曩(さき)に送還せる百姓復飫肥領内に逃れ来るもの多し。是日、藩士佐土原記作を鹿児島に遣はし、之が取締りを厳にせんことを警告す」と。送り返したがまた戻ってきたので使者を鹿児島へ送り、取締り強化を警告している。
 西導寺に残る古文書にそれを窺わせる記述がある。
 「釈智教 文政八乙酉年四月十日 薩國川平山 新助倅」
 「釈妙恵 文政八乙酉年六月十日 薩國川平山 武右衛門ツマ」
 「釈唯心 文政八乙酉年六月二十二日 薩國川平山 善蔵子」

 文政8年(1825)4月と6月に新助の倅、武右衛門の妻、善蔵の子三人が相次いで亡くなっている。薩摩川平山の数家族が田野を目指して密行してきたのではないかと推察する。
 雨の日や風が強く吹く日の真夜中に出立、昼間は藪などに潜みまた夜間に行動する。藩境となる山之口の山地にかかると、日当瀬や六頭子、中川内、飛松などの辺路番所があり、高城を経てくると岩屋ヶ野・野崎・内ノ八重などに辺路番所があって、領内から出奔する者も監視している。梶山から飫肥藩北郷へ抜けるには轟木・牧野・走持・仮屋・政矢谷の辺路番所があり、どのコースをとっても困難である。
 漸く田野に着き西導寺門徒となるが、それまでの肉体的・精神的苦痛と疲労で、この三人は力尽きたのではないかと思う。体力の弱い女子どもが犠牲になっている。
 この他に、天保2年(1831)11月9日薩摩からきた国分弥左エ門の姑が田野の梅谷村で亡くなっているし、同6年7月には薩州人二平が上ノ原で、同14年(1843)6月5日にも薩州人吉太郎が仮屋で死んでいる。明治3年(1870)にも薩摩人和助が楠原で亡くなっているが、明治新政府になっても明治9年まで鹿児島県は真宗(一向宗)を禁じていたので薩摩へ帰らなかったのであろう。
2022-09-27 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと) 
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、
平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。
現在、宮崎民俗学会会長
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
高鍋神楽記録作成調査委員(参与)、日南市文化財審議会委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』(鉱脈社)、
『比木神楽』(鉱脈社)、
他に『鵜戸まいりの道』
『飫肥街道』(鉱脈社)

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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