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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.183 賀来飛霞の高千穂採薬記1
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
 賀来飛霞(かくひか、1816〜1894)、江戸後期から明治初期の本草学者。通称睦三郎、飛霞は号。豊後国高田(大分県)の本草と医を業とする家に生まれる。日出藩(ひじはん、大分県)の帆足万里に儒学を学び、豊前国佐田(大分県)で本草と医術を研さんした。
 天保11年(1840)日向・大隅などを旅し、弘化4年(1847)には島原藩主の侍医になる。25歳で江戸に出て奥羽や北陸、伊豆などの薬草調査を行なった。
 弘化2年(1845)延岡藩(宮崎県)の依頼で藩内(宮崎県北部)の薬草調査に来ている。3月10日から5月11日薬草の調査を行い、『高千穂採薬記』5巻を著した。
 先ず、城下周辺を調査し140種余りの植物を確認、3月19日には方財島(延岡市)を調査している。五十鈴川を遡り、松瀬、黒木を経て26日に宇納間(北郷村)、九左衛門峠、七ツ山(諸塚村)、諸塚山などを巡り、4月1日家代(諸塚村)を調査し山三ケ、鬼神野、水清谷(南郷村)、田代(西郷村)と耳川沿いに下り、山陰(東郷町)から門川を経て延岡に戻り、五ヶ瀬川を上流へと向かう。曽木(北方町)を経て21日に小原、槙峰、中川、楠原、八戸とまわり、二十五日八峡そして延岡城下と戻ってきて、可愛山山麓の調査をしている。
 この間の調査記録を著しているが、藩内の植物以外に住民の食事、着物、生活、祭りなど当時の風俗を記録しており興味深い。
 4月21日、曽木(北方町)を立ち、小原村(日之影町)に行く。
「小原に至り民舎に宿す、小原は分城の内なり、茅屋上にカツオ木を置き、馬数匹を畜い、水は掛け樋にて担いの高さに並べ、水の落ち口に槽を置き水を溜め用に供す、甚だ清潔なり、屋中に玉蜀黍(ナンバンキビ、トウモロコシのこと)を夥しく吊り置きて粮とす、この夜試みに家人の食を乞い食せしに、米をば一粒も用いず、麦、玉蜀黍及び芋、薊を塩にて炊き、骨董飯(五目飯)となしたるものなり、稗飯などは土人(土地の人)の常食なり、薊は大薊の嫩葉(わかば)を用ゆ」(『高千穂採薬記』)
 小原のある家を訪問したときの記録で、屋根に鰹木をのせていること、掛け樋で水を得ていること、家屋に夥しいトウモロコシを吊り下げていることを記録している。この夜、この家の食事を食べさせてもらうが、麦とトウモロコシ、芋、アザミを混ぜた五目飯で、米は一粒も入っていなかったことに驚いている。
 現在も日之影町ではアザミを食べる食文化がある。土手や畦などでよく見かけるノアザミではなくヤマアザミ、和名をツクシアザミといい県北部ではよく見かける。ノアザミに比べてトゲや葉全体が柔らかい。
 初春、摘んできた若葉をゆがき、揉むとトゲが簡単に取れる。それを水に晒した後きざみ、小切りした油揚げとともに油で炒め、だし汁・砂糖・醤油で味つけする。また、油炒めにしたアザミを飯に混ぜ菜飯(なめし)にする。その他にはオカラに混ぜて油炒めにしたり、ダゴ汁に入れたりする。(聞き取り)
 五ヶ瀬町でもアザミを食べる風習がある。ここではツクシアザミでなくノアザミ。採ってきた葉は火にかざしてトゲを焼き、次にアク抜きをする。昔は木灰を布に包んで熱湯を注ぎ、その灰汁(あく)でアク抜きしていたが、現在は重曹を入れた熱湯でひと茹でし、1晩水に晒す。後は油炒めやアザミ飯にする。
2025-05-27 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと) 
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、
平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。
現在、宮崎民俗学会会長
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会顧問、(県)伝統工芸品専門委員、
高鍋神楽記録作成調査委員会参与、日南市文化財審議会委員

著書
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』(鉱脈社)、
『比木神楽』(鉱脈社)、
『神楽のこころを舞いつぐ』(鉱脈社)、
他に『鵜戸まいりの道』
『飫肥街道』(鉱脈社)

共著
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史(民俗)』
『北浦町史(民俗)』
『日向市史(民俗)』
『清武町史(民俗)』
『みやざきの神楽ガイド』
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